一之瀬源太郎さま

一之瀬源太郎さま

訪問日:2012.2.13

「開運」の文字に引き寄せられるように、連日たくさんのお客様で賑わう豊島区巣鴨地蔵通り商店街の“東京すがも園”様をお訪ねし、一之瀬源太郎社長にお会いしてきました。

まずは簡単に、巣鴨という場所をご紹介します。
池袋から上野方面へJR山手線で2駅。JR巣鴨駅から徒歩5分ほどのところに「おばあちゃんの原宿」として有名になった巣鴨地蔵通商店街があります。商店街を入ってまもなくの左手にある東京すがも園様の店先に“中仙道一里塚”と書いた木製の道標が立っています。ここは旧中仙道でした。一帯は商店街の手前にある真性寺(江戸六地蔵のひとつ)で旅の無事を祈る門前町として江戸の昔に栄えました。

その歴史ある場所に明治24年、東京府の区画整理で上野から高岩寺(とげぬき地蔵)が移転してきます。巣鴨は地盤がよく、大正12年に襲った関東大震災でも比較的に被害が少なかったため、震災後には被災した多くの人が移り住んだことから住人が急増したそうです。

巣鴨地蔵通商店街の入口からすぐにある“東京すがも園”

東京すがも園様は創業80余年で、現社長は二代目。激動の時代を試行錯誤しながら、巣鴨の地で商売を続けて来られました。葦簀(よしず)で仕切っただけの店、どんと据えた大鍋だけで商いをした終戦直後の頃から経済成長期を迎え、さらに飽食と呼ばれる時代を経て、時にはファミリーレストランのように多様なメニューを提供したこともあったそうですが、一之瀬社長はどの時代にあっても老若男女、誰にでも喜ばれるものをお届けしたい気持ちを常に強く持っていたそうです。

塩大福自体は江戸時代からあるものですが、巣鴨の名物になったのは30年ほど前のこと。 「海の精」との出会いは、一之瀬社長が購読していた冊子の中に、「現代人の健康を害しているのは塩だ!」という記事を見つけたことからでした。

当時の専売塩は、その昔の塩田の手作りの塩とは成分が違うと書いてあったので、どういうことだろう? と不思議に思ったのがきっかけです。そこで、記事に出ていた弊社代表・村上譲顕と直接会って話を聞いてみることにしたそうです。
それまで塩なんてみな同じだろうと思っていましたが、話を聞いて味を見てみるとそうではありませんでした。普通の塩と比べると、値段は少し高いと思ったけれど、お客様のことを考え、「海の精」に変えようと決めたのだそうです。

数ある巣鴨の塩大福のお店の中で「海の精」を使用されている東京すがも園様、「お宅の塩大福が一番好き!」と言ってくださるご贔屓ひいきも多くいらっしゃるとか。店頭で塩大福を販売されている方や店内を忙しそうに立ち働く社員の皆さまに伺いました。
「どうして売れてるかって? もちろん塩が「海の精」だからですよ! 」と、もち上げてくださいました。餅だけに、有難うございます。

塩大福の大きさは、ふわっと握った赤ちゃんの拳ほど。少し大きいかなと思いながら口にすると、やわらかいのに、食べ応えのあるもっちり感。あっさりしたほどよい餡の甘さと、やさしい塩味のおいしさに、たちまちぺろりと、ひとつ食べてしまいます。

ひなまつりの童謡が流れる店内には、あちこちになつかしい子どものおもちゃが飾られています。 「いいよね~。昔の歌は、こうして流しておけば気に留めてくれて、少しはおぼえてくれるかなぁとも思ってね。郷愁だけではない、未来を担う子ども達へ明るい夢を託したいんだ。」とおっしゃる一之瀬社長のメッセージがお店の雰囲気の中にも込められているようでした。

ところで、塩大福の前には何故「開運」が付いているのですか?とお尋ねすると、「よくぞ聞いてくれました!」と社長。とても立派な福耳をお持ちの一之瀬社長、その福相となにか関係があるのかなと思っていたら、この土地にお参りにくること自体が「開運」につながるというお答えでした。

巣鴨は先に紹介した真性寺、とげぬき地蔵(高岩寺)、巣鴨庚申塚(こうしんづか)などがあります。昔ながらの商店街はどこかしら、ほっとできる雰囲気に包まれていて、自然に心和み癒される場所のような気がします。

今も昔も、これから進む道が無事でありますようにとお参りに来る気持ちがまず大切。次の宿場へ行く前の小休憩としてお茶を飲んで塩大福を食べてほっと佇む場所として、時代をこえてこれからも人々の営みとともに続いていくに違いありません。

いろいろとお話を聞くうち、昨年の東日本大震災のことにふれて急に涙ぐまれた一之瀬社長。
三代目になる息子さんは震災発生直後から、いち早く焚きだしなどの支援活動に奔走されたそうです。「商店街の若手後継者たちといろいろ活動していて、息子は店にいないことも多く、自分はまだ引退出来ずにせっせと働かないといけないんですよ」と言いながら、とてもお元気で幸せそうなお顔をされていました。

国を挙げて防災が叫ばれていますが、社長は大鍋を購入して不測の事態に備えているそうです。従業員の方に、「どうするんですか?その鍋!」と言われても、いざという時にこれさえあれば仕入れてある食材を調理して、しばらく飢えはしのげるだろうと。実際、今は置き場所に困るかも? しれませんが、そういう物があることで、みんなの危機管理意識も促されるのかも知れません。明るく豪放な雰囲気の中にある細やかな心遣いは、一之瀬社長の誠実なお人柄を感じさせます。そんな一ノ瀬社長をサポートする従業員の皆さんはとてもテキパキと働いていらっしゃって、見ていても気持ちがよいお店です。

一之瀬社長は最後に、京都・龍安寺の有名な「つくばい」(手洗い用の水鉢)の話をしてくださいました。丸い石の真ん中の四角(口)は水を入れるつくばい。その四角を囲むように真上に「五」、右側に「隹」、左側には「矢」、下には四角の部分を含めて「足」という字が彫ってあり、「吾唯足知(われ ただ たるを しる)」と読みます。「人の欲は、かけばきりがない。過ぎた欲を持たず、常に感謝の気持ちを持っていればきっと幸せになれる」とおっしゃいました。その言葉は、長い年月にわたってお地蔵様に願いを託される人たちを誠心誠意、饗されてこられた一ノ瀬社長の深くて温かい思いと共に、清い響きを持って伝わってきました。

それは、お客様に美味と元気をお届けすることを目標としている私どもも同じです。弊社の製品、伝統海塩「海の精」は海から恵まれた成分バランスをもっとも大切しています。

自然のあるべき姿は“ほどよさ”。調和を保ち、健康に生きていきたいという願いを持って、これからも過不足なく仕事に励んでいきたいと思った巣鴨詣でとなりました。

一之瀬源太郎(いちのせ げんたろう)プロフィール

豊島区巣鴨地蔵通り商店街“東京すがも園”社長 (2020年に閉店)

インタビュアー:加藤冨美子(海の精)