イチカワ ヨウスケさま
古都・鎌倉にあるレストラン「なると屋+典座」の店主 イチカワ ヨウスケさん。
ご自身のお店で「海の精」の塩や醤油をお使いいただき、ご著書や雑誌では“お気に入り”として「生しぼり醤油」などをご紹介いただいています。鎌倉辺りで獲れる旬のわかめに、「生しぼり醤油」をちょっとかけただけでも、とてもおいしいそうです。
お店を訪れたのは平日。快晴ということもあるのでしょうが、さすがは古都・鎌倉です。たくさんの観光客とおぼしき人の群れが途切れません。改札を抜け広場に出ると、真っ先に大きな赤い鳥居が目に入ります。ここから始まる小町通りが鶴岡八幡宮まで続きます。通りの左右には隙間なく土産物屋や甘味屋が軒を連ね、鎌倉の人気スポットです。
通りを入ってすぐ左側に、古裂や陶器でおしゃれな『なると屋+典座』さんの看板があります。不思議な名前の由来を推理しながら階段を上がり店内に入ると、一瞬にしてそこは別天地! 通りの喧騒は消え去って、禅寺のような静寂な世界の広がる空間が現れます。
春の日差しがやさしく注ぎ、古き懐かしいシャンソンが静かに流れる午後の店内で、じっくりとお話を伺いました。
縁あっての鎌倉です
小町通りは、観光客は多くても、地元の人はあまり通りません。この場所で店を始めてから8年になりましたが、今でも意外と「初めて来た」っていう地元の人も多いんです。
主なお客様は健康に関心の高い40代以上の女性が多いですね。お子さんが小学生になったくらいのお母さん方から、お孫さんがおられるような60代くらいまで。
オフィス街ではないので、平日の昼間は、そういった方達でないと出てこられませんから。イタリアンとかのランチよりも値段は高いかもしれませんが、コツコツやってきて自然にお客様が増えてきたという感じです。
反対に、夜になると、そういった方達はご自宅でご飯を作らなきゃいけないので、会社帰りに食事をされていくお客様が多いです。
実は、最初からそれほど「鎌倉で!」という強い思いがあったわけではなくて、たまたま働いていたお店が鎌倉にあったというだけなんです。もちろん鎌倉は大好きですよ(笑)。
気がついたら、料理人でした
「絶対やってやる!」というような強い何かがあったというわけではないんです。ただ食べることが好きで、飲食の仕事に就いたら、気がついたらいつの間にかこんな風になっていました。
子供のころから、手仕事、作ることが好きでした。誰に言われるでもなく、自分から自然と料理はやっていましたね。そして、東京の調理師学校に入って、京都の料理屋で修行して、そのあと鎌倉の飲食店に行ってということをして、最終的にこんな感じ(笑)。
父方の祖父が和菓子の職人で、母方の祖父が漁師だったので、子供のころから両祖父の仕事を見て育ったというところもあります。食に関わるいろんな血が混ざっているということもあるかもしれません。
「食」というのは、一番中心になることだと思います。時代が移り変わり、いろいろな物がどんなに進歩しても、「一番中心となる“食”を大事にしないと何も始まらない」というのを実際自分の目で見て、感じてきました。いい時代にこういう食に関わる仕事ができてよかったと思っています。
あるがままに、野菜にこだわる
野菜だけでやっているっていうことで「ベジタリアンですか?」ってよく聞かれますが、まったくそんなことはないんです。何でもおいしく食べられる体です(笑)。
お店を始めた時、「和食のお店」というだけでは新鮮味が感じられない、もっと何か特徴がないとお客様には来ていただけない。その時ちょうど興味があったことが精進料理。それで「野菜」だったというわけです。
肉や魚なら、どこでも食べられます。家でもできます。家ではできない“野菜だけの料理”をお出ししたいと考えました。野菜と言っても、生のままだったり、ただ煮込んだりするだけなら家でもできます。けれど、そうではなくて、家ではできないような「手を加え過ぎない」「サッと煮ただけ」というようなご飯が週一回くらい食べられる場所にできたらと。そういうふうに仕上げるのはすごく難しいですが、それが面白いんです。
「旬の鎌倉野菜を、鎌倉でおいしく食べていただく!」 別に鎌倉の野菜にこだわっているというわけではなくて、僕がお店をやっているのが鎌倉なので、それが至極当然というか、普通のこと。もし僕が北海道にいたら、北海道の野菜を使います。そういうところが“典座”的な考え方だと思っています。
昨年、長崎や島根で料理教室をさせていただいた時も、地元の市場で野菜を買って使いました。今度台湾で料理教室をやりますが、もちろん台湾の市場で野菜を買って使います。そこに住んでいる生徒さんと同じ条件で、ただ「こんなこともできるよ」というのをやりたいなって思っています。
「なると屋+典座」の由来
僕がお店を始める1年ほど前、このお店は別の方が飲食店をされていました。それがうまくいかなかったので、頼まれて来るようになったんです。その時は「なると屋」という名前でしたが、看板、屋号を変えると何かとお金もかかってしまうので、元々のその名前を活かしたという大人の判断もありました(笑)。
本当は「典座(てんぞ)」にしたかったのですが、それだと堅苦しいし、もうちょっと軽めな感じの方がいいかなと思って。お店の名前って、お店そのものが絶えず変わっていくというか、完成した形はないと思います。だから、まだちょっと未完成で、未熟な名前でもいいかなと。長い名前や、面白い名前だとお客様が覚えやすいですし。変かなとも思ったんですけど、でもその変なものも続いていけば、そのうち慣れて当たり前になるので、気にせずにやらせていただいています(笑)。
典座(てんぞ)…禅寺で、多くの僧の床座・食事などの雑事をつかさどる役僧。のちには特に食事係の僧を言うようになった。(『大辞林』より引用)・・台所は家庭の薬局と言いますが、大事なお役目なんですね。
食育観、教育観について
食育についてはなかなか難しいことなので、まだ結論は出ていません。いつも話しているのは、「悩むのが一番怖い、心配になるのが一番怖い」ということです。この辺りにある素材を、最小限のいい調味料で自分で料理するのが、一番安全だと思っています。
どこの、誰が、どうやって、何で出来ているのか、その確認ができない調味料や加工食品で作られている外食などを食べさせるのが正直不安。自分で確かめて買ってきた食材に、ちょっと火を入れて、塩なり醤油なりで食べるのが一番安全です。
最近の若い方は料理をしない方が多いようです。死ぬまでの間に何百食、何千食と作って、“家族の体調をととのえる”ということが「食事」なのに、とてもさみしいです。家庭を持ったときに、いきなりどうにかしようとするけど、すぐにできるものじゃありません。毎日コツコツやるのが一番です。もうちょっとスタートが早いといいのですが…。やってみたら楽しいですよ。
“海の精”との出会い
今はもうないのですが、10年くらい前、東京・青山の「月心居」というお店に通っていました。そのお店が「精進料理っていいな!」と思ったきっかけでした。
この料理がおいしいのは何でなのか?と思い、そのお店の料理教室にまで通っていろいろと聞きました。そしたら、お塩とお醤油は「海の精」を使っているということだったんです! それから意識するようになりました。
「海の精」が手に入らない時には、他の塩や醤油も試してみましたが、どうも好きになれない味だったのです。今から思えば、「一番」を求めていたところに、「海の精が一番はまった」という感じです。
5月には、台湾で料理教室をやります。中国や台湾の富裕層には、健康に関心の高い人が増えているので、僕のような料理は海外でも受け入れられると思っています。もちろん“海の精”の塩と醤油をカバンに入れて持っていくつもりです。
和食はこれからますます世界に広がっていくと思います。これまでの寿司や天ぷらといったお決まりの日本食だけではない、伝統的な和食も必ず支持されていくはずです。それに使う調味料も現地で買えるようになるといいと思います。“海の精”もぜひ海外に向けて羽ばたいてください。
家庭で野菜をおいしくいただく
ポイントは、何もしないことです。何もしないと言っても、生は料理ではありません。サッと茹でただけとか、煮ただけとか、焼くだけとか、塩もみしただけとか。それを塩や醤油で食べるというのが一番です。ポイントは、調味料をしっかり選んで、いいものを使うようにするということです。
やたらと出来合いの調味料をいろいろかけたら台無しです。いじくりすぎないで、「サッとする」ことが重要です。
素材の味を大切にし、引き出すことが第一。それが、おいしくいただく何よりのコツです。難しいようですが、基本を押さえて、繰り返していけば、必ずおいしくできます。
イチカワ ヨウスケ(いちかわ ようすけ)プロフィール
1976年鎌倉生まれ。京都の料理店、鎌倉のカフェでの修行の後に精進料理と出会う。そして、2004年、鎌倉の野菜を鎌倉で食べていただく「なると屋+典座」を開店。その活動は鎌倉だけにとどまることなく、日本の各地や海外での料理教室や、料理番組の講師など活躍の場を広げている。
著書
『「なると屋+典座」の野菜をいただく』(主婦と生活社)
『やさしい野菜やさしい器』(共著)(ラトルズ)
【お店】
なると屋+典座
編集後記
隠れ家的なたたずまいの雰囲気を満喫しながら、楽しそうに献立が踊るメニューから「三月のごはん」(定食)と「うどん+惣菜三品」、「寒天と和三盆のデザート」をいただきました(二人分です、念のため)。
料理は野菜をメインにされていますが、出された料理をいただく前に、その鮮やかな彩りに感動してしました。もちろん、おいしさにも魅了され、しっかりした量の食事の後に出されたデザートも、あっという間に完食しました。目も舌もお腹も心も大満足。満腹なのにもっと食べたくなる、そんな奇妙な充足感に包まれました。
料理もお店の雰囲気にも健康志向で食の安全へ関心をもった、大人の女性達に注目される要素が満載!という印象を持ちました。
インタビュアー:松浦宏実(海の精)