市川晶子さま

市川晶子さま

海の精大島製塩場 来訪日:2012.2.27

長年苦しんできた持病のアレルギー症状を、“自然療法”によって克服された市川晶子さん。

子供時代からアレルギー体質に悩まされていましたが、1冊の本との出会いが晶子さんの人生を変えました。自然療法を取り入れた生活に変え、たった1年でアレルギーを完治させたのです。ご自身だけでなく、ご家族の肥満や虚弱体質の改善にも成功。
自然療法を取り入れ、どのように改善させたのかを、実際にご自身が体験されたことをもとに、イラストや漫画をふんだんに使って具体的で分かりやすい「対策本」や、料理レシピを出版されています。そのリアルな筆致とタッチは読み進むほどに、背中がむず痒くなることもあるほど、ぜひご一読下さい。

ご主人の克哉さんは、木工・漆芸に携わる仕事をされています。東京芸大に在学中、学内でも「名物先生」だった生物学者の三木成夫先生の講義を受けられていたそうです。三木先生は塩運動にも参加され、“海の精”との関わりも深い方です。
先生の名著のなかでも特に名高い「胎児の世界」は出版から長い時を経た現在でも、色褪せることなく感動を与えてくれます。そんな予想外の繋がりの発見に驚いたり感心したり。
今回は、そんな市川晶子さん、克哉さんご夫妻が大島製塩場を見学されました。

自然療法との出会い

子供時代は東京の下町で育ちました。敗戦直後の日本、国力の大きな差に圧倒された母は、その差を埋めるのは食べ物、動物性のたんぱく質こそが丈夫な身体を作るんだ!と信じてしまったようです。そのため、我が家の食事は下町では当時まだ珍しかった、肉や卵などの動物性たんぱくを中心にしたものでした。

アレルギーは祖母、母、私と三代続いていました。私自身は、小さいころから慢性的な「あせも」や鼻づまり状態。中学生になって、やっと自分が“アトピー”なのだということが分かりました。その頃はまだアトピーという病気自体はもちろん、その名前さえあまり知られていなかったのです。

その後も、繰り返し発症しましたが、若い頃は薬を塗れば治まっていました。しかし、段々と薬の量や、塗る回数を増やさないと薬が効かなくなってきました。そして、37歳の時、ついに喘息を併発しました!
その時、我が家には九匹の猫がいました。「アレルギーの原因、そのかたまりとも言われる猫と住むなんて、しかも9匹!・・・」と、周りからは非難のシャワーでした・・・(^_^;)。

掛かり付けのお医者さんからは「喘息は治らない」と断定されていました。治療は薬での対症療法のみ。自分の身体に起こっている、まさに自分のことなのに、病気についてよく知りませんでしたし、知ろうとさえしていませんでした。
とにかく人ごとのように、他人まかせにしてきた私でしたが、義父が病気で治療の最中に、亡くなってしまったことがきっかけで、それまでの治療を本気で変えようと思い直しました。“信じていた医療の力では義父を救えなかった”そのことがとても辛く、すごいショックだったのです。

さらに、久しぶりに会った母から「あなた、顔色悪いわよ、肝臓でも悪いんじゃないの?」とものすごく真顔で心配されたのです。思いあたることがありました。それは、飲んでいたアレルギー治療の薬です。直感的でしたが、それが影響しているんだと感じました。このことをきっかけに、これまでずっと頼ってきた医療を見直そうと真剣に考えはじめたのです。

すると、夫が『家庭でできる自然療法』(あなたと健康社)という一冊の本を買ってくれていました。私が受けていた診断では喘息は原因不明、治らない病気と断定されていたのですが、この本を読んで、まさに目からウロコでした。喘息は治せるというではありませんか!

また、原因が明確に述べられているだけでなく、実際に治した人の話も載っています。「身体は食べたものが基本となってできている。」そして、「身体は変えることができる」という考え方は、自然療法のどの本も共通していました。「生姜は風邪にいい」など、西洋医学の民間療法でも言われているような共通の話題も自然療法には取り上げられています。
それまで西洋医学の本は読んでいましたが、私が出会った自然療法は原因や治療法が明快で分かりやすく、とても優しいなと感じ安心が広がる思いがしました。

但し、ニセモノの「自然療法」には注意しなければなりません。水やお茶、健康食品を売るために書かれた本や治療は“自然”ではありません。正直に本物を作る会社は、人の不安をあおってを無理に売りつけません。

アレルギーが治るまで・・・

“自然療法”に出会うまで、現代の栄養学に基づいた“肉・魚・野菜”のバランスがとれた食事を心がけていました。それが、自然療法の本をいろいろ読み進める中で、療養のために食事で気をつけるポイントを見出しました。

ポイントその1  動物性たんぱくを食べないこと。

農耕民族だった日本人は、無理に動物性たんぱく質をとらなくても、米や豆などの五穀など植物性たんぱく質によって補うことができます。そこで、動物性から植物性たんぱく質中心の食事に変えました。

ポイントその2  白米、小麦粉、白砂糖や化学塩など、極端に精製されたものは食べないこと。

たとえば、白米は、精米することで、他の食品から摂ることが難しい貴重な栄養素をわざわざ削り取ってしまっています。そこで、白米は玄米に、パンは黒パンに、小麦粉は全粒粉に、白砂糖は黒砂糖に変えました。これまで、余分なものとして取り除いていた栄養素を損なうことがないようにしました。

ポイントその3  食べ物でないものは、口に入れないこと。

インスタント食品はあたりまえ、味噌や醤油といった調味料の食品添加物にも注意し、含まれているものは極力、買い控えました。買い物の時は、賞味期限よりも、原材料表示にも注意するようにもなりました。

ポイントその4  “薬”になる食品を選ぶこと。

昔から日本に伝わるような雑穀、そば、黒ごま、生姜などの薬効のある食品を皮ごといただくようにしました。もちろん、これには昔ながらの手作り発酵食品である味噌、醤油、漬物なども含まれています。

また、食事を変えるなど体質改善に取り組んでしばらくすると、一時的に以前より咳、痒みなどのひどい症状が出て症状が悪化したように見える“改善反応”が現れました。この反応は病気の完治が近い証とも言われていますが、本人にとっては辛いものです。
私はこの辛い改善反応に対して、積極的に「手当」をほどこしました。たとえば、咳止めには、生姜汁に天然圧搾のごま油を混ぜたものを全身に塗ったり、ビワの葉とこんにゃくを使ってビワの葉こんにゃく湿布を手作りしたものをあてたり、症状に合わせて手当を行っていました。

このように、自然療法による食事や手当などを取り入れることで、アトピー、喘息などすべてのアレルギー症状をたった1年で完治させることに成功したのです。

調味料にもこだわるように

自然療法を取り入れた後は、料理の基本となる調味料にも気をつけるようになりました。たとえば、味噌や醤油ならば、大豆と塩、自然の素材だけでできていて、天然醸造で作られた「本物」の調味料にこだわるようになりました。

今使っているお味噌は、地元・茨城の大豆で作られている天然醸造の味噌。今では、味噌に使う“塩”についてもこだわるようになりました。“海の精サロン”で塩の勉強をすることで、塩にも違いがあることが分かりました。それからは、もちろん「海の精」を使っています。
「海の精」に出会ってからというものの、野菜炒めは“塩味”が我が家の定番になりました。今までは、醤油を使った味付けだけでしたが、海の精サロンで塩が野菜の旨み、甘味を引き出すことを知って、さっそく家で作ってみたところ、本当においしくてびっくり!!

調味料を変えることは、食材に目を向けるのと同じ感覚だと思います。いいものに変えることに抵抗はありません。ただ、料理人は頑固なものと言われますが、主婦も意外と頑固だと思います。我が家の“野菜いためはしょうゆ味”、“湯どうふにはしょうがじょうゆ”などといった決まった味つけや料理法や、母から受け継いだものなど、身体で覚えて習慣ができ上がってしまったものを変えるのは、なかなか難しいのです。
自分の肌や舌で感じ、そこに驚きや発見がないと、なかなか変えられないのではないでしょうか。私にとって「海の精」との出会いは、まさに好機到来、最高のタイミングで料理法や食材選びを変えられるものでした。

手作りの温かみがある製塩場

海の精のホームページにある映像「おいしい塩は海からのおくりもの」や、テレビで放映されていた立体塩田による塩づくりを見たことがあり、塩作りの原理は一応知っていました。しかし、工場を実際に見学してみると、塩田は思ったより大きく、どの設備もきれいで、とても感動しました。工場といえば、化学建材だらけで、中に入ったら目がチカチカするような感じの冷たいイメージ。
しかし、海の精の「工場」はそんなイメージとはまったく違っていて、柱も壁も木造りで手作りの温かみを感じました。工場は海辺に近く、のどに心地よい清々しい潮風が吹いてきて、とても気持ちがいいのです。民間療法でも、喘息に潮風はいいと言われているものもありますし、私にとって気持ちいいはずでした。

今回工場見学をして、「海の精」を使う気持ちに変化が起きました。実は、昨日までは「海の精」はいいんだけれど、ちょっと高いな…と感じていました。けれど、これだけの施設を幾重もの工程を、たくさんの手間をかける人がいて支えている、いいものはそれだけ手間がかかっている、それを当たり前の値段で売っているんだなと得心し、納得しました。

「ほししお」の粒を実際に手にとりながら、製造工程をご説明しました。

漫画を通してできること

私は自然療法を取り入れることで、アレルギー体質を改善できました。長年アレルギーに苦しみましたが、克服できた体験を、今同じように苦しんでいる人たちに伝えたい、少しでも私の体験がお役に立てたらと思っています。

本を読んだ方からたくさんの励まし、皆さまの体験談や喜びの声をいただきました。私の本を読んで助かったという人もたくさんおられました。
そして、アレルギーはただの病気ではなく、家族との関係などいろいろなことが関わっており、それらをすべて考え抜いて治療にあたらないといけないということも分かりました。だからこそ、病気そのものに目を向けるだけではなく、より全体的な見方が必要なのではないかと感じています。

家族は一つとして同じ形がないと言われますが、本当に色々な形があると思います。しかし、どんな家庭であっても一番大事なことは、家族の「お母さん」の役割。
家族の中心となり、一家のお医者さんであり、栄養士で料理人でありと、お母さんは何でもできるすごい能力の持ち主です。家族を無条件に愛し、慈しむことができるのもお母さん。この見返りを求めない献身的な愛があるからこそ、家族のみんなが社会に出て人とつながり、人の役に立つ仕事ができるのです。

海の精サロンのクッキングライブに講師として出席された、つぶつぶクリエイターのゆみこさんが「家庭の大切さ」を訴えていらっしゃいました。それは、『家庭でできる自然療法』の著者である東城百合子先生も訴えていることです。食は家族を大切にすることで、はじめて守られるものなのです。

今後の活動の予定としては、書籍などの紙媒体だけでなく、ホームページなどを通して、もっと自由なテーマで書いていこうと考えています。そうすることで、より多くの人に自分の日々感じていることなど発信し、また交信していければと思っています。

克哉さんが感じた「海の精」とは

「海の精」の工場を「工房」のような工場だなと思われた克哉さん。

いわゆる工業化された工場とはまるで違って、非常に真面目に人が海から塩を作っているという印象を受けました。
モノを作る人には、「職人の勘」というようなものが必要ですが「海の精」の工場では単にそういったものだけに頼るのではなく、常に計測で裏付けたうえで経験や知恵を使い、ていねいに作っているなと感じました。
それは漆や工芸の世界でも同じです。職人的な勘だけでなく、温度計などを見て常に確認しながら作っています。

もともと勘だけに頼らず、計測しながら物を作るということは、しごく当たり前のことなのです。「海の精」は、その当たり前のことを真面目にやって、目指すべき「いい塩」を確実に作っているんだなと感じました。

今回の工場見学であらためて、やっぱり全てのものはつながっていることを実感しました。塩づくりも、海から海水をもらい、それを塩にする。その塩を人が食べて、体に入り、いずれ体の外に出て自然に戻るという循環で成り立っています。それは漆作りでも同じです。漆の木は人が育てなければ育たない。木を育て、育った木が酸素を出す、人が再び樹液や木材を利用して器を作る。やがて木は朽ちて自然に戻る・・・。
それぞれにつながりながら生きています。空気、海、すべてのものが地球とのつながりで成り立っています。そんな当たり前といえば当たり前の意識をもって、人と人、そして人が自然と協調し感謝する気持ちが未来のためにも、今を生きる私たちには必要なのではないでしょうか。(少し照れました・・(^_^;)v)

ネット架流下式塩田の内部もご紹介。ご夫妻とも説明に真剣に聞き入っていらっしゃいました。

市川晶子(いちかわ あきこ)プロフィール

漫画家。1983年女子美術短期大学彫塑教室を卒業後、江戸川区役所に児童指導員として就職。1988年に工芸作家(木工・漆芸)の夫との結婚を機に退職。家族は夫、大学生の娘と猫6匹。自らのアレルギー体験をもとに、自然療法を取り入れた改善方法など、イラストを交えて分かりやすく説明した著書を出版。

著書
『アレルギーは自力で治る!』
『自力で治った! 糖尿・肥満・虚弱体質』
『アレルギーは自力で治る! 超健康レシピ』(すべてハート出版)

インタビュアー:折笠美穂(海の精)