安部憲昭さま
皇居外苑にある楠公レストハウスの総料理長・安部憲昭さん。
2009年にエコ・クッキング推進委員会と協働で、「江戸エコ・クッキングプロジェクト」を立ち上げ、2010年より、「江戸エコ行楽重」を提供されています。江戸時代の献立と現代の食材が織りなす“江戸の味”を、行楽弁当という形で再現したもので、季節に合わせて作られています。江戸時代の料理書を参考に、試作と試食を繰り返し、献立の完成までに1年を要したそうです。調味料にもこだわったと言われる江戸エコ行楽重には、海の精の塩や「紅玉ねり梅」が使われています。
今回は、江戸の味を再現された安部総料理長にお話を伺いました。
江戸庶民の味を形に
(一財)国民公園協会皇居外苑は、戦後、皇居外苑が一般解放されてから60年以上にわたり、管理・保存している財団法人です。私は、2006年に皇居外苑内の楠公レストハウスの料理長に就任しました。今後の施設運営を、どのようにしていくのかを上司と相談していく中で、もっと皇居外苑ならではの趣向をこらした食を提供したいと思いました。皇居外苑は環境省が管理する場所であり、10年前から生ごみ処理機などは導入していましたが、当時は利用者に取り組みを知ってもらうのは難しいと感じていました。
そこで2009年にスタートしたのが、「EDO→ECOエコ・クッキングプロジェクト」。東京ガスが取り組んでいる“エコ・クッキング”の指導者講習に参加させてもらったのをきっかけに、家庭での取り組みを飲食店にアレンジして取り組めないだろうかと、エコ・クッキング推進委員会に話をさせていただき、新たな食のプロジェクトがはじまりました。「江戸城のあったこの地で、江戸の味をエコ・クッキングを通じて再現し、食育・環境教育に貢献する」ことを目的とした取り組みです。考えられるあらゆる要素を取り込んだため、完成まで1年かかりました。2010年8月から「江戸エコ行楽重 参の重」の提供を開始して、2011年には「与の重」、2013年から「会席」をお楽しみいただいています。4年前に比べお客様が2倍以上に増えており、大きな反響を得ています。
江戸時代の献立と現代の食材が織りなす「江戸の味」
最初に開発した「参の重」の開発についてご説明します。お重の盛り付けには様式があり、それを参考にしながら組み立てたため、お重の中に22の献立とお味噌汁の、合わせて23の献立で構成されています。
料理の再現にあたって特に難しかったのは、江戸時代の料理書には、分量の記述がないこと。原材料と調味料の記述のみの料理書を、独自に再現するのは困難であり、説得力もないと思いました。そのため料理の監修は、江戸時代の食文化に大変くわしい江原絢子先生(東京家政学院大学名誉教授)に依頼して、アドバイスをいただきながら試作・試食を繰り返して完成しました。
学術的な要素だけで江戸時代の食を再現するのではなく、温故知新的な考え方にのっとって、現代の人にも楽しんでもらえるようにしたので、今回再現したようにおいしかったのかどうかはわかりませんが(笑)。
今回の献立ではすべて一口か二口の大きさなので、多くの献立を味わいながらお楽しみいただけると自然と咀嚼も増えて、見た目以上に満腹感があります。また、献立の大きさが小さいことにより、以前に比べ、食べ残しも減る効果がありました。献立の構成は、採用した3倍から4倍もの料理を作りこんで、最終的に味のバランスや彩りを考慮して決めました。
ものづくりにかける“思い”が重要
プロジェクトの献立では、地産地消の食材や調味料にもこだわり使用しています。「調味料にこだわらなければ、江戸時代の味に近づけないだろう」との考えからです。ただ老舗の調味料というだけでなく、特にこだわったものとして、「塩」が挙げられます。東京ガスの担当者にご紹介いただいて、塩は、「海の精」を使用しています。江戸時代、伊豆大島は租税で塩を納めていたということもあり、まさしく地産地消であり、今回の企画にもぴったりでした。
「海の精」のお塩は、もちろん料理に使った際の味も違いますけれど、やっぱり私たちがすごいと思うのは、商品を作っている人たちの思いがあるということです。その思いを海の精のお塩からすごく感じるし、伝わってきます。私たち料理人は、作った料理をお客様に楽しんでもらうのが仕事です。様々な食材があって成り立つ職業ですから、やはり生産者の方たちの思いが伝わる料理を作って行きたい。そしてお客様に、食に対するこだわりがわかる形で発信して行くことも必要だと思っています。生産者の「ものづくりにかける“思い”」が私にとっては重要であり、海の精が作る塩は、本当に素晴らしいと思います。
日本人の感性と味覚
料理書からは、限られた食材を工夫して召し上がっていたことが伺えます。また、ネーミングも日本人の感性が表れています。例えば、江戸エコ行楽重にも入れている「タコの桜飯」。火を通したタコの姿が桜色に染まる様子と、その足を薄切りにした形が桜の花びらに似ていることから、それを桜に見立て名前を付けたというところが素晴らしい。
一つの食材を収穫時期により、三回に分けて楽しむ感性は、日本人ならではだと思います。お刺身を食べるにも、今はほとんどが「わさびと醤油」ですけれど、「わさびとお酢」や「からしとお酢」など、さまざまな調味料の組み合わせで召し上がっていたようです。“旨み”も日本人が発見したと言われていますし、日本人の味覚や感性はすごいものです。
江戸時代の代表的な調味料「煎り酒」
また、『料理物語』(1643年)や『合類日用料理抄』(1689年)に、「刺身は煎り酒にからしやわさびで食す」とあります。そこで、煎り酒でお刺身を食べてもらおうと、市販されている煎り酒を試したのですが良いものが無く、自分たちで手作りすることにしました。海の精の有機紅玉梅干、かつお節、昆布などを入れて炊いています。現在の梅干は、はちみつが入っていたり、だしが入っていたりと、お塩とシソだけで漬けているものがほとんどありません。江戸の味を再現する中で、昔ながらの梅干にこだわっている、海の精の梅干を使わせていただくことにしました。お塩のみならず、その他の商品も「良い物をたくさん作られているな」と感じています。
料理人の世界は、食材を仕入れて、調味料を使って、料理を作るという当たり前のことですが、それをやっているところが本当に少なくなってきました。当然私どものところは高級店ではないので、加工食品・冷凍食品を使用した食事を提供していました。しかし、江戸時代の料理を再現するとなると、市販のものでは当然まかなえません。したがって手作りをしなければならず、大きく業態転換をすることになりました。
学びの場”修学旅行
昨年は約60,000人の団体客に利用していただいています。そのうち約18,000人は小学校から高校までの修学旅行生などの子供たちです。修学旅行の場合、旅行会社を通しての依頼がほとんどなのですが、長年言われてきたのが、「子供たちが好きな食事で、お腹が一杯になる食事」という要望ですそれで思いつくのは、ハンバーグ、からあげ、エビフライ…。しかし学校行事は学びの場でもあり、普段食べている食事を、しかも皇居の前で食べることに本当に意味があるのだろうかと、疑問を感じていました。
そこで、江戸エコ行楽重を学びの食事として食べてもらいたいと開発したのですが、実際子どもたちに受け入れられるかは不安もありました。しかし子どもたちの反応は、僕たちが想像もつかないものだったのです。何が美味しかったかと聞くと、「煮物が美味しかった」「味噌汁が美味しかった」など、大人が思う子供の好きな食事って、実は全然違うのではないかと感じました。子どもの感性ってすごいなって思います。
今や、家庭で食育が出来なくなってきていると言われていて、学校教育や社会で行う事が求められています。だからこそ、ここは食育を伝える場としてもふさわしく、学校の先生から共感され、評価を受ける理由なのかなとも思います。
一から調味料のことを勉強
実は、私は和食の板前ではなく、西洋料理が専門です。皇居外苑という場所で西洋料理を提供することも考えましたが、やはり場所柄「日本の伝統食」を提供すべきだろうと考えました。実際に調味料のことから改めて勉強するのは大変でしたが、専門外だからこそ、江原先生からのご指導を受け入れることができたのだと思います。専門分野だと固定概念にとらわれて、まったく違うものになってしまったのではないかなと、今では感じています。
しかし、「専門じゃないからこんな程度」と思われるのは嫌でしたから、やる以上は言い訳ができないものを作ろうと決めました。他が真似できない価値ある商品を作ろう。手間ひまをかけた料理を作ろうと。自分の中でも新しいチャレンジについて葛藤はありましたが、素材を吟味して料理を作る事においては、料理人として和食も洋食も同じですから。
料理人の道へ
私が料理の世界に入ったのは、ちょうど平成元年です。非常に運がいいことに、すべて手作りをする昔の料理人たちに育ててもらいました。技術だけでなく、いろいろな考え方も教わりました。エコ・クッキングの考え方は、一つの見せ方としてとても良く出来ていますが、料理人にとって当たり前に教わってきた事ばかりです。料理長が厨房に入ってきて、まず何をするかというと、ゴミ箱の中を見て、食材の無駄がないか確認します。水の使い方やガスの火加減等も、厳しく指導されます。特別な取り組みをするわけではなく、料理人が本来備わっていなければならない、素材を大切に扱い、使いまわしをして無駄を出さない技術なのです。
評価を受ける商品があるということ
腕に自信があるからこそ料理人の多くは独立するわけですが、うまくいかない場合がほとんどです。美味しい料理が作れることと、起業して成功する事は関係ないように感じます。私は、料理以外の事を料理人は学ぶべきだという意識を持って歩んで来ました。最初に厳しい職場で基礎を学び、28歳で料理長として働ける職場に行って店舗運営を学びました。
「料理人が料理を作る」という職人的発想と、「商売をする」ということは相反するところがあり、そこを学ばなければ自分で起業しても成功するとは思えません。しかし料理人である以上、やはり一番の強みは評価を受ける商品開発力がある所ですから、それを活かしながらマネージメントを学ぶ事を心がけています。要は値付けされている商品でお客様に評価してもらえれば良いと思います。
今の時代にあったものに変えていく
食の世界はヒット商品を見ていても、決して新しいものではありません。目線を少し変え、どう新しく見せていくかということがポイントです。技術的にはそんなに変わっていないので、しっかりとした昔から培ってきた技術があれば、料理人のアイディア一つでヒット商品が生み出せると思います。
老舗が昔から培ってきている技術を継承していることは素晴らしいことです。しかし、老舗と言われている多くのところは、時代に合わせて変化しているからこそ長く続いているのです。私たちもそうありたいと願っています。
キャッチは“二重箸”
今回新しく、お箸の取り組みを加えました。飲食店において、ゴミの削減を図るために、使いまわしの箸を提供する飲食店が増えています。しかし洗浄に、大量の水と洗剤は使うし、75度で30分の滅菌処理をするため、環境に貢献する取り組みとして疑問に思っていました。
そこで、菊の御紋をつけたお箸をお客様に使っていただいて、お持ち帰りいただく取り組みを始めました。キャッチは、“二重箸”。「環境への貢献と旅の思い出に」という二重の想いを託しています。お客様に喜んでいただくとともに、ご家庭で使用する際に皇居に行った時の事を思い出していただければ幸いです。
私たちの使命は、皇居外苑を未来に向けてよい形で守り、引き継いでいくことです。楠公レストハウスでの食の提供では、現在の取り組みをさらに進めながら、「新たな食の発信」を目指して行きたいと思います。
安部憲昭(あべ のりあき)プロフィール
一般財団法人 国民公園協会 皇居外苑内「楠公レストハウス」総支配人、総料理長。平成元年、料理人になり、フランス料理、イタリア料理と経験を積む。2006年、「楠公レストハウス」総料理長に就任。エコ・クッキング推進委員会との協働プロジェクトとして、「江戸エコ行楽重」を開発。
【お店】
楠公レストハウス
エコ・クッキングとは―
環境のことを考えて「買い物」「料理」「片づけ」をすること。食べ物を無駄なく使う、エネルギーや水を大切にする、ごみを減らすことを基本とし、今の暮らしを見直して、家庭で簡単にはじめられる取り組み。環境省のチャレンジ25の一つで、学校の教科書にも記載されている。
*「エコ・クッキング」は東京ガスの登録商標です。
インタビュアー:下田ちひろ(海の精)